Little AngelPretty devil 
       〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

       “残暑お見舞い”
 



現代の近年においては、
日本に限らぬ話として地球温暖化の表れかという酷暑の夏が続いており。
人間はそろそろ反省しないと
このままでは地球上の陸地ががんがんと減り始め、
やがては自分らの手であれこれ滅ぼす事態になりかねないのだが。
牛や馬での移動や船旅も出来ぬではないものの、
そこまでワールドワイドなことにはまだまだ影響を為すことも出来ぬ、
せいぜいが自力で歩いて行けるところまでしか把握が及ばない人が断然多かった頃は、
人も大したことなぞ出来なんだので、自然の方でも人にはある程度 優しかったに違いなく。

 「此処はまだ風通しも良くって
  心地いいように作られている方なんだろうけれど。」

今帝がおわす清涼殿ほどではないが、それでも次の帝になるべきお人のおわす東宮殿。
執務用の棟とは完全に隔離され、まさに奥の院、聖域というべき場所である此処は、
広々とした空間を贅沢に取り、庭には緑も多く配置され、
清らかな泉水を満たした池やら曲水のせせらぎやらも設けられ、
木陰を渡ってくる風の心地よさという体感的な涼感は勿論のこと、
視野に収まる景観という意味からも、
窮屈な圧迫感には縁のない、それは健やかで贅沢な空間であり。
それでも暑いものは暑いのらしく、

 「自宅の私室のようなものなんだから大目に見てね。」

と、
小袖に単衣袴という平民のような軽装でいらっしゃった東宮様こと桜の宮様で。
お客様なのに軽んじたわけじゃあないんだよと、恐縮そうに笑って仰せの貴公子様へ、

「いえ、この夏の暑さではしようがありません。」

そちらは一応、使者の正装のままにて
お気遣いなぞ滅相もないとかぶりを振ったのは、
神祇官補佐様からの使いという小柄な書生くん。
この夏の暑さは冗談抜きの尋常ではなく。
各地から干ばつの知らせや、疫病の兆しの報告が飛び込んで来ては、
各々の関係各位の大臣らがうぬうと眉を寄せ、
日頃は疎んじている誰か様へこそこそと使いをやっては
“貴公の咒でなんとかならぬか”と、
他はともかく自領だけでも助けてくれぬかなんて
つくづくと虫の良いことを懇願しているとかどうとか。

 “お師匠様も、一旦は断って追い返してるけど、”

実際に困っているのは領民だからと、
天空の気団の配置を読んだり、地脈を探って眠っている水脈を探したり、
こっそりと できる範囲での助力を為してもおいでで。

 “感謝されるより、ここぞとばかり厭な奴でいる方が性に合ってるなんて
  憎まれを言うのが相変わらずなんだよねぇ。”

今帝と同じくらい、そういう裏事情が重々判っておいでのうら若き貴公子様。
セナくんも楽にしてほらほらと勧められ、
それではと衵や袍を重ね着ていたその懐を少し緩めれば、

「せぇな?」
「もういいの? 出ていいの?」

小鳥のさえずりもかくやという幼いお声がし、
上座に居た桜の宮様がおやまあとやんわり微笑まれる。
というのも、此処へ来るまでは一人だったが、
人払いをしていただくと、姿を消してたらしいお連れの小さな坊やが二人ほど
ひょこりと少年の傍らへ現れたからで。
殿上にも勿論のこと、
魔性が寄らぬよう祓いの効力が飛び出すような様々な結界が張られてあるが、
この子らはそんな禍々しきものではないし、
それに此処の咒は ほぼあの蛭魔が張ったものなので、
子ぎつねちゃんたちには慣れもある。
それでも一応は、
他の人には見えなくなるというおまじないを掛けてもらっての同行だったようで、

「東宮様、こんにちはぁvv」
「おみあいに来まちたvv」

「…お見合い?」

舌が回りきらない幼子らの微妙な言い回しに、
???と小首を傾げた美貌の君へ、

「お見舞いでございます。」

くすすと頬笑んだセナくん、
懐に挟んでいた檜扇を抜き取ると、それをかざして一振り二振りしてから、

「お手数ですが、大き目のたらいをご用意いただけますか?」
「たらい?」

はい。瓜など冷やすようなきれいなのをとのご注文に、
桜の宮様もニコリ笑って承知したと手を叩く。
ややあって、赤子が、いやいや いっそくうちゃんたちが水浴びできそうなほど
大きくて新しいものならしい白木のたらいが運ばれて来て。
広々とした板の間のうえ、敷物代わりの打掛を敷いた上へと据えられたそれへ、
小さな書生くん、勿体ぶっての口許へ拳を寄せるとコホンと一つ咳を落としてから、
ぱたりと閉じた檜扇の上、指先で何やら印を切って見せる。
そんな小さなお兄さんの傍らにお行儀良く座っていた子ぎつねさんたち。
お顔を見合わせると小さなお手々を伸ばし合い、
お遊戯のようにぱちぱちと互いの手で拍子を打てば、
ことり落ちるよに現れたのが黒い漆塗りの小箱が一つ。
それを二人で両端から取り上げ、セナくんの前へまで持ってゆき、
どうじょと掲げるようにすれば。
お兄さんがその手の檜扇をすいと上へかざし、
ちょんちょんと触れるかどうかという微妙な仰ぎようをして見せて。

「??」

何だ何だ?何が始まるのかな?とばかり、
可愛らしい弟分たちのお遊戯もどきを眺めていらした東宮様だったが、

  え?

漆塗りの箱の縁、ぐんぐんと盛り上がって来た白いものがあり。
瀬那くんが扇を煽げばそれに釣り上げられているかのように嵩を増し、
それと振り切った仕草に添うて、
噴水のようにさぁぁああぁぁっと勢いつけて噴き出してきたのが、

 「…雪?」

とさとさと たらいへ落ちてきたそれ、
最初のうちは部屋の暑さに溶けてしまっていたが、
じきに後から重なり落ちるのの勢いに飲み込まれ、
たらいの縁からあふれ出んばかりという小山になった。

「あまりに暑いので、お見舞いに献上いたします。」
「…いやこれは驚いた。」

蛭魔を筆頭に尋常ではない霊力を持つ彼ら、
気候への先読みやらちょっかい掛けやら、
はたまた悪霊への采配という格好での、奇想天外な働きぶりはようよう知ってもいたけれど、
ここまではっきりした手妻を目の前で見せられては
さしもの東宮でも驚かずにはおれぬというもの。
麗しい双眸を見開いて言葉もないよな貴公子様へ、
小箱を膝元へ置いた子ぎつねちゃんたち、
やはり漆の小鉢と木の匙を持ってとことこと間近まで駆け寄ると

 「どうじょvv」
 「甘い甘いトウキビの蜜ゅでしゅよ。」

そこへ掬って食べよといいたいらしく、
向かいへ坐したままの書生くんもにこにこと頬笑むのを信用し、
そろり掬い上げて鉢の蜜につけ、じわりと溶けかけたところを口へ運べば、

 「おお、これは美味しい。」

雑味のない上等な泉水で作った氷を丁寧に削ったようなふわりとした代物で、
何と言ってもこの暑い中でここまで冷たいものを口にするなんて、
氷室にほんのちょっぴり保たれた氷の献上以外ではまず無理な癒しであり。

 「帝様にもお師匠様が献上なさっておいでです。
  これでのちの暑さも乗り切ってくださいませ。」

にこりと笑ったセナくんだったが、
その手前でくうちゃん&こおちゃんも東宮様の手づからご相伴に預かっており、

 「ありゃまあ。」
 「ほらセナくんも食べなよ。この暑さなのだからすぐにも溶けちゃうよ?」

どちらが供したものなやら、それでも溶けてしまっては勿体ないのも道理。
くうちゃんがポンッと取り出した匙を貰ってそれではとご相伴に預かり、
仲のいい凸凹兄弟のような睦まじさで、雪のお山の攻略にとりかかった皆さまでございます。




 
     〜Fine〜  18.08.19


 *久々の陰陽師です。
  本当なもうちょっと暑い頃に書きたかったんですが、
  もたついてる間に朝晩は涼しくなってきましたね。
  平安時代は何かと微妙で、仏教が定着していてもなかなか行事までは馴染んでないかも。
  ましてや、神祇官補佐様んチで迎え火や送り火もなかろうしねぇ。
  スイカがあったかどうかは微妙だったのでウリとしましたが、かき氷はあったようですよ。
  清少納言が夏場の好物として書き残しておりますから。

 めーるふぉーむvvi-suiren.jpg 

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